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三毛別羆事件現場復元地

なかなか行けることのない道北地方ですが
もしなにかの折に行ったときには、ついでにでもぜひ見ておきたいと思っていた場所が
いくつかありまして。

今回がいい機会だったので、日も暮れかけていましたが
そのうちのひとつのこちらに思い切って足を延ばしました。

幌加内から苫前方面に向かう途中、R239の苫前古丹別の交差点から
道道1049苫前小平線へ。

ここから20km近く南下するのですが、これが地味に遠い…
農家がぽつぽつ点在する、あまり広くない生活道路のような道なので
余計にそう感じさせるのかもしれません。

ゆるたん。

ところどころ、建物や塀などに
こんな可愛らしいクマの看板を目にしました。

この辺りは「ベアーロード」と名づけられているようですが
これから向かう場所は、そんな可愛さとは無縁の場所ともいえます。

なんとか人を呼び込みたいという自治体の苦肉の策を見る思いもします…


農村地帯を過ぎ、「打止橋」というこの事件に関わる名の橋を渡り、
開いているゲートの先は、鬱蒼とした林道。

その林道の先に、ありました。

ゆるたん。

三毛別(さんけべつ)羆事件再現地。

ゆるたん。

開拓集落を襲った、ヒグマによる殺傷事件現場の復元地です。
この事件で、結果8名の方が犠牲になりました。

ヒグマは2軒の家を襲い(他数軒に侵入)、住人や避難していた人々を食害しましたが、
そのうちの1軒がこの地に復元展示されています。


ゆるたん。

ゆるたん。

ゆるたん。

ゆるたん。

ゆるたん。

当時の開拓民の厳しい生活ぶりもしのばれます。

ゆるたん。

ここは、事件から百年近く経った今でもクマの出没の危険がある場所です。

もともとの家の場所は、ここから少し離れたところだったようですが、
それでも当時はこのような未開の森林を切り開いて生活していたことには変わりなく、
常に自然災害や獣害のリスクに晒されていたということを考えると、
先人の方々の苦労には本当に頭の下がる思いがします。

この事件のあと、結果的には集落の人々はこの地を去ることになり、
先ほど通ってきた農村地帯のはずれから、この林道までの「六線沢」と呼ばれた地域は、
今でも開発されないままとなっているようです。
(携帯電波も圏外でした)

日も傾きかけていたせいか、本当のクマが出てきそうな雰囲気だったので、
長居もほどほどに、来た道を戻ります。

ゆるたん。

途中、農村地帯の道路脇に「三渓神社」があります。
かつての三毛別は、今は三渓という地名になっています。

ゆるたん。

事件の犠牲になった方々の慰霊碑が建立されていました。
当時の集落の住人のご子息がのちに熊撃ち猟師となり、自費で建立されたものとのことです。

この羆事件に関しては、
木村盛武氏「慟哭の谷」
吉村昭氏「羆嵐(くまあらし)」
などで詳細を知ることが出来ます。

前者は、実際に事件を経験した方々に取材したルポ形式のドキュメント、
後者は、そのドキュメントを忠実に再現した(人名は一部変更している)フィクション小説です。

ネットでも調べられますが、興味ありましたらぜひ本の方もおすすめします。
(内容は、それなりに衝撃的なので、ご留意ください)


ゆるたん。

この、綺麗に拓けた道路や田園地帯が、その昔は深い深い森林だったということに
あらためて強い感慨と衝撃を受けたひとときでした。

金色に輝く一面の稲穂が、いっそう美しく感じました。


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